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『「ETV特集▽それはホロコーストのリハーサルだった〜障害者虐殺70年目の真実」……リハーサル?』 に追記して。


・『ETV特集▽それはホロコーストのリハーサルだった〜障害者虐殺70年目の真実』……リハーサル? 


 これを書いた後から考えた幾つかのことを追記としてつづけます。
 

ひとつめ。
 私は元々、「あなたは尊厳死(法案)に賛成ですか反対ですか」という設問に対して「賛成」の意見を持っています。ちょっと面差しが似てるからってそいつを誰かの生まれ変わりだと思いこむのはただのオカルトです。尊厳死法案については目的と運用設定を理解しながらの建設的な議論がなされることを望みます。
 

ふたつめ。
 当該番組名で検索するとSNS上で、今の日本とリンクしているだとか、今の日本の向かっている道だとかいった悲観的な呟きが散見されました。発言者が障害当事者かどうか判りませんでしたが、現状日本の福祉制度を利用して生活している当事者としてそういった発言は不快に感じます。(私も勝手に探して読んでいるので勝手に不快になってるだけですが) 何故ならそうした過激な発言は、いま現在、高齢者・障害者施設、在宅派遣などに従事するサービス提供者の理念、職業意識、日々の仕事、利用者さんに対する創意工夫の気持ち、というような実態に目を閉ざしているからです。現状において達せられている制度とここに至るまで積み重ねられた歴史をシャットアウトした上でのそれは放言です。もちろん、確かに、世情は移ろいやすい。いつ何どきどのような選択に傾くかはわからない。価値観の転回する危険性を我々の社会はつねに孕んでいる。それはわかります。しかしだからこそ、扇動的なロジックに流されないためには、現実に目を開き、選択されてきた方向性と実積、そこに注がれてきた多数の人々の意志と感情とを認めて尊重し、着実に守っていくことこそが大事なのではありませんか。何者かへの攻撃と主張のために市井の現実を視界から排除する態度はまったく駄目です。未熟で粗末な制度設計による悲惨な状況に関しては個別具体的な指摘と批判の声をあげてください。それが世論になります。
 

みっつめ。
障害児の出産「茨城では減らせる方向に」 教育委員発言
 歴史は繰り返さないが韻を踏む、ということで言えば、将来に向かってはこうした出生前選別の問題が優生学災禍のリバイバルとなりうる現実的な倫理課題かもしれません。現状、記事中の発言が企図するところのレベルまで精密で広範囲な病態の捕捉は可能になっていないはずですが、ブックマークコメントの傾向としては将来実現するやもしれない精密で広範囲な病名・障害診断を前提にコメントがなされている気がしましたので、私もそれを前提に思索を。
 がしかし、結局、どこで線引きするんでしょうかね。ロールプレイとしてこういうことをやってみればいいと思うのですが、まず先天性の病気をざーーっと端からリストアップしてですよ、出生前に選別を可能とするべき病名に線を引いていってみてもらいたい。ちなみに私の持病は先天性ミオパチーという神経筋難病ですが、先天性ミオパチーと言っても幼児期から人工呼吸器が必要なくらい重度の場合もあれば、ちょっと歩きにくいくらいで終生病気を自覚しないほど軽度な場合もあるんですよね。いったい、どこをどうやってどういうどんなどうしたどのように何をもって病名だけで線を引けるのだろうか。どこまでのレベルの予測精度があれば?
 
 いま現在可能な出生前診断(を経た選択的堕胎)についての私の意見は「両親が決めること。外野は口をだすべからず」に尽きます。
 ただこれは公共用の意見で、表向きのスタンスをひん剥いた私的人格においては、日によって考えが違います。日によって答えが変わってしまう。
 『〜〜は〜〜したほうが良いに決まっている。but..』と世間の一部は言うけど、『したほうが良いに決まっている』ことなんて本当にあるのだろうか。
 それすらわからない。
 

――――

『ETV特集▽“戦闘配置”されず 〜肢体不自由児たちの学童疎開〜』

 ETV特集は去年制作のこの番組が非常によかった。番組がというのか、取り上げられた人物の行動が素晴らしかったのです。これは価値ある番組なので、興味の持てる方はぜひ観てほしい。
 私は思ったのです。もしもどんな時代が来たとしても、自分はこの校長先生のように行動できる人間でありたいと。